大判例

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東京高等裁判所 平成6年(う)238号 判決

被告人 福田儀

〔抄 録〕

第四 控訴趣意第四(公務員たらんとする者に関する法令の解釈、適用の誤りの主張)について

論旨は、要するに、原判決は、市長選挙の立候補を決意してこれを表明し選挙に向けて準備活動に入っているような場合は、立候補届出以前であっても、改正前の刑法一九七条二項の「公務員タラントスル者」にあたる旨判示したが、構成要件の明確性及び類推解釈の禁止等罪刑法定主義の観点を考慮すれば、公務員たらんとする者に該当するためには、立候補の届出をしてその身分を取得したことが必要であるので、原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな法令の解釈、適用の誤りがある、というのである。

しかしながら、これらの主張については、既に原判決が詳細に判示しており、当審としても、その判断を正当として是認するところである。確かに、改正前の刑法一九七条二項の「公務員タラントスル者」については、構成要件の明確性等の観点から、これに限定的な解釈を施し、公務員の身分を取得する確実性ないし相当程度の蓋然性があることを要し、単なる公務員になりたいという意思だけでは足りないとする見解が有力であることは所論指摘のとおりである。しかし、地方自治体の首長など公選制の公務員について複数の有力候補者が立候補した場合を想定しただけでも、公務員の身分を取得する確実性はもとより相当程度の蓋然性でもこれを要求することが相当でないことは明らかである。また、公務員たらんとする者を立候補の届出をしている者に限ることも、多くの選挙の実態からみて相当でないといってよい。すなわち、前述のような公選制の公務員の場合には、選挙告示の相当以前から立候補予定者の後援会活動等も活発化して地盤培養行為や選挙の準備活動ということで事実上の選挙運動が開始されているのが通常であり、立候補後の正規の選挙運動は、長期にわたる一連の選挙活動の最後の仕上げの段階にすぎないといっても過言でない。他方、業者等贈賄者となる者も、有力候補者の立候補前からこれらの者に接近し、当選の暁には、工事発注等の面で有利な取り計らいを受けることを期待して選挙資金等を供与する場合が少なくない。このような選挙等に関する実態は、いわば公知の事実ともいってよく、所論のような解釈は、可罰的な行為の多くを処罰の対象から除外してしまう結果となり、公務の公正さとそれに対する国民の信頼を保護するため、公務員となる以前の収賄行為をも処罰の対象とする事前収賄罪の趣旨にも反するものというほかない。そもそも「公務員タラントスル者」という規定には、文理上特段の限定は設けられておらず、しかも、事前収賄罪は「公務員ト為リタル場合」に初めて処罰されるのであるから、所論のような限定を設けなくとも、処罰対象が不必要な範囲にまで拡大するおそれはなく、構成要件の明確性等の観点からの要請も、この規定によって充たされているということができる。これらの点に徴すれば、所論のような解釈をとることはできず、立候補を決意してこれを表明し選挙に向けて準備活動に入っているような場合は、立候補届出前であっても、改正前の刑法一九七条二項の「公務員タラントスル者」にあたるとした原判決の解釈は相当であり、原判決に所論のような法令の解釈、適用の誤りはなく、論旨は理由がない。

≪中略≫

第六 控訴趣意第六(事前収賄罪の「請託」に関する法令の解釈、適用の誤りの主張)について

論旨は、要するに、改正前の刑法一九七条二項の「請託」とは公務員に対して一定の職務行為を具体的に依頼することであり、広範な職務権限を有する市長の事前収賄罪の場合には、請託の対象となる職務行為の特定及び具体性の程度は最も強度のものが要求される、ところが、本件において、匡男と山内が被告人に依頼した内容は「市長になったら恩返ししてください。」という甚だ漠然としたもので、依頼する職務行為も特定されておらず、また、依頼の内容も工事名が特定されないなど全く具体性を欠いている、市長になったらよろしく頼むなどと同じく何ら具体性のない儀礼的な挨拶にすぎないものである、ところが、原判決は、被告人は匡男及び山内の両名から、被告人が市長に就任した場合担当することになる大規模工事の請負業者の選定等の職務に関し、東武建設を同業他社とりわけ磯部建設よりも有利便宜に取り扱ってもらいたい趣旨の依頼を受けたと認定し、これが請託を受けたことにあたる旨判示した、したがって、原判決が請託を肯定したのは、改正前の刑法一九七条二項の「請託」の解釈、適用を誤ったものである、というのである。

そこで、検討するに、請託とは公務員に対して一定の職務行為を行うことを依頼することであるから、請託にあたるというためには、その請託の対象となる職務行為がある程度具体性を有する必要があり、単に将来好意ある取り計らいを受けたい旨の漠然たる依頼では請託にあたらないことは所論指摘のとおりである。しかしながら、請託は必ずしも明示的になされなければならないものではなく、黙示的であってもなんら差し支えなく、また、請託の対象となる発注工事の工事名等が特定されるまでの具体性が要求されるものでもない。これを本件についてみるに、原判示罪となるべき事実中、被告人が匡男及び山内から請託を受けたことを示す文言は、「選挙の情勢はどうですか。選挙資金は東武建設で三〇〇〇万円を用意しますので、磯部建設から援助を受けないでください。八月に五〇〇万円、一〇月に五〇〇万円、一二月に一〇〇〇万円、二月に五〇〇万円、三月に五〇〇万円を出すことでいかがでしょうか。選挙資金のお世話は、東武建設でしますから、市長になったら恩返ししてください。」というものであり、被告人はこの申し出を受諾したというのである。この文言だけからすれば、その対象となる職務行為を必ずしも十分に特定し、具体化しているわけでなく、単に将来好意ある取扱いを受けたいという漠然とした依頼に近いようにも思われるが、前述したような齋藤市政下における東武建設の置かれた立場、学校建設工事等における同社と磯部建設の激しい受注競争、被告人に支援を約束した三〇〇〇万円という金額、磯部建設から資金援助を受ければ、同社の面倒もみざるをえなくなり、東武建設のみが有利な取扱いを受けられなくなることから、匡男や山内が磯部建設から資金援助を受けないでくれと駄目押しし、被告人もこれを承諾したという事実、匡男においてこれだけ世話になっているのだから市長になったら恩返しをしてくれと言っている事実などのほか、被告人の市長就任後すぐに、匡男及び山内が大沢中学校の建設工事について、具体的な便宜供与を求め、被告人もこれに応じていることなどにかんがみると、匡男及び山内の被告人に対する右依頼の趣旨は、単に将来好意ある取り計らいを受けたいという漠然としたものにとどまらず、三者会談の時点においては、まだ具体的な工事名等は特定されていなかったものの、被告人が市長に就任したのちに入札が予定されていた学校建設工事などの大型公共工事について、同業他社とりわけ磯部建設より有利に取り計らってほしい旨を強調しつつ、有利な取扱いや便宜供与を求めたものと認められ、被告人も、このような請託の趣旨を十分承知してこれを承諾したと認められるのである。原判示の匡男及び山内の請託文言は右の趣旨のものとして十分理解することができる。そして、学校建設工事の発注等に関する市長の職務行為について右に述べた程度の具体性をもった便宜供与の依頼がなされた以上、依頼の対象となった職務行為の特定性、具体性になんら欠けるところはなく、右依頼は事前収賄罪における請託にあたるというべきである。したがって、請託を肯定した原判決に改正前の刑法一九七条二項の「請託」に関する法令の解釈、適用を誤った違法はなく、論旨は理由がない。

(早川 八束 原)

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